快眠ヘッド整体shin-shin店主オオイシのプロフィール
SBR神経セラピスト/ヘッドマッサージ1級認定セラピスト/パーソナル睡眠アドバイザー

shin-shin店主のオオイシです!整体を始めた経緯からお話できたらと思います!
整体を始めたきっかけ

僕は、21歳の時に整体業界に飛び込みました。整体師を志したきっかけは、
「おばあちゃんの肩もみが得意だったから」なんて感動話ではなくて・・・
僕自身が腰痛持ちだったからなんです。
整体をやろうと思ったきっかけは腰痛だったから。
笑ってしまうような理由だけど、本当なんです。
腰痛持ちだった僕がなぜ整体をやる事になったのか。
そして、約20年も続けているのか。気になる方は読み進めていただけると嬉しいです。
溶接作業で整体通いしていた10代

僕は、学生時代から車が好きで、自動車板金工になるのが夢でした。
板金よりも塗装に興味があって、故障車の色を復元したり、素敵な色にカスタムしてあげるのっていいなって思って高校卒業後に自動車板金の専門校へ入ったのです。
その学校は、カリキュラム前半で板金の基礎として各種溶接や叩きの勉強を行います。
溶接は、基本的に中腰姿勢が続きます。時には無理な姿勢にもなります。
その姿勢が続くと次第に腰に痛みを感じるようになってきたのです。
この時に初めて「整体」に行くことになったのです。
1番初めはカイロプラクティックだったように記憶していますが、その後、筋肉をほぐすような整体にしばらく通っていました。
「元々筋肉が弱いから鍛えながらも負担がかからないように生活をしてね」という事を言われましたが、毎日の溶接の勉強を休むわけにはいかず痛みはすぐにやってきます。
本当は週1くらいで通いたいけど、一人暮しの学生には1回5000円の捻出は命がけ。
なんとか月に1回通うようにしていました。
結局、自動車工場には就職せずガソリンスタンドで働く事になり、溶接がない分腰痛も前ほどではなくなったので、整体に通わなくなったのですが忘れた頃に腰痛はやってきます。
それから北海道を離れて派遣で自動車製造工場の仕事をしたりしていました。
時が経ち旭川に戻り、就職先を探してみたのですが、自動車業界は技術職。
ろくに技術も経験もない若造には薄給からのスタート。
遊び盛りの20代前半、友達と飲みにも行きたいし、自分の車もカスタムしたい・・・喋るのが苦手だから営業も難しそう・・・
そこで一旦、自動車業界を諦めて他の業種に目を向けてみる事にしたのです。
魔法のツボを習って腰痛解消を期待して整体業界へ!

とは言っても実家に戻ってきて放っておいても生きていける環境になってしまったので腰が重い重い笑
数カ月ニート生活をしていたら当時の彼女にも「仕事しないなら別れる」と振られてしまいました^^;
振られてようやくスイッチオン。
職探しを初めて求人情報誌のとある欄を見つけたのです。
『本物の技術が身につく!働きながら整体師の技術を学びませんか?』
20年近く経っているけど、こんなキャッチコピーだったことを今でも良く覚えています。
整体師?そういえば整体通っていた時に人の身体を元気にしてあげるのも悪くないなと思った事を思い出しました。
いえ…………正直に申し上げると、
整体の技術を習ったら自分の腰痛も良くなるかも!技術だけ習って辞めたらいいんだ!
そして、
『整体って自動車工場みたい大きな借金をしなくても初められるかも。』
自動車工場の時も「いつかは自分の城を」みたいな発想だったので、整体ならベッド1台とそれを置けるスペースがあれば始められそうだとも感じたのです。
(この数年後にそんなに甘くないというのを痛いほど知る事になるのですが…)
ツボは魔法のボタンのようなイメージでした。
腰痛もなくなって、独立も出来るかもしれない…!
そんなヨコシマな理由で面接に応募したのです。これが僕が整体の道を志したきっかけです。
ちなみに、この時の条件は、ベースの業務委託料が低い上に併設スクールの代金は給料から大きく引かれる形でした。
手取りは8万円くらいからのスタート。雇用契約ではないので税金等が引かれずにです。

自動車業界よりも低水準のスタートにも関わらず、なぜやってみようと思ったのかは自分でも不思議で仕方ありません。
整体は甘くなかった!修行時代

僕の整体人生はわずか1週間で終わろうとしていました…。
1番最初の先生は、お店のエース的存在で身長150cmくらいの華奢で小柄な女性でした。
プロレスラーかというような大きな男性のお客さまにも「効くぅ〜!」としっかりとした圧で満足をしていただける実力者。
いわゆる天才肌、腰痛持ちで股関節も硬い僕には先生の言っている事が頭ではわかっていても身体がついてこない。
「なんでこれが出来ないんですか?」先生には当たり前の事が僕には出来ないので、1日に何度もそう言われていました。
『やりたいけど、痛いんだぁぁぁ!無理!』
諦めずに挑戦をしてみるけど、やはり出来ない。
次第に辞めようと思うようになり、別の男性の先輩に『あの人みたいに上手くは出来ないです。また腰が痛くなるのも嫌なので辞めます』と伝えました。
始めてからたった1週間のことでした。
「少しずつストレッチしていこう」と優しく言われて教えてもらったストレッチを日課にしてみる事に。
そうしたら少しずつ出来るようになってきて、小さな天才先生からも褒めてもらえるようになってきたのです。
ストレッチのおかげで腰痛もしなくなってきて、結局そのお店には6年弱お世話になっていました。
ツボ押しメインの整体手技だったので、腰痛解消のボタンがあると思っていたのですが魔法のボタンなんてありません。
腰痛解消のポイントは筋肉を正しく動かしてあげることだったのです。
自分自身が腰痛持ちだったからこそ、身体を正しく使うことが痛みやコリの緩和に繋がると身を持って体験出来た。
これが20年近くたった今も整体に携わっている理由なのかもしれません。
ショッピングセンターのサロンでの勤務

最初の職場はスーパー銭湯内のテナントでした。
なんだかんだ居心地が良かったのと、だんだん施設からも頼られるようになってきたので気づいたらお店の中でも古株になっていました。
ただ1つ、難点があったのです。
それは時間でした。スーパー銭湯なのでピークタイムは夜。
入浴後の利用が多いので、必然的に帰りが遅くなります。まだ20代前半の遊び盛り。
土日も休めず、夜も遅いとなると友達と時間が合わなくなっていき、そのうち誘われもしなくなってきます。
それが理由で、退職を決意したのです。幸いにも転職先はすぐに見つかりました。
次は、旭川市内のショッピングセンター内のリラクゼーションサロン。
オープンしたばかりで、店長とオーナー2人だけのサロンでした。
新参者の僕が整体歴だけは1番の経験者という状況だったので、ちょっとだけ良い待遇で迎え入れていただけたのです。
オーナーがすぐ側にいてホットペッパービューティでの集客にも触れるという環境で、徐々に独立心が強くなっていきました。
結果的に、このサロンにお世話になったのはちょうど1年でした。
そう、独立のタイミングが突然やってきたのです。
独立準備と頭ほぐしとの出会い

サロンの店長が「独立する」と言い出したことが発端でした。
僕と店長とオーナーの3人体制のサロンです。店長がいなくなると必然的に僕が次期店長となります。
僕も独立を計画しはじめていたのです。ここで店長になってしまうと独立の時期が遅くなってしまう…。
しかし、もう少しこのサロンでお世話になるべきか…悩みました。
悩んだ結果、僕も独立する道を選んだのです。
期待してくれていたのに申し訳ないなと思いましたが、オーナーも快く送り出してくれました。
物件も決まり、独立の準備をしながらどんなお店にしようか考える日々。
スタッフの1人ではなく、自分が看板を背負うオーナー兼セラピストになるためには今のままでは武器が足りない。
そう思い、目玉メニューとなる新しい技術についても考えるようにもなりました。
そんな中、たまたまSNSで見つけたのがまだブームになる前の「ドライヘッドスパ」だったのです。
頭の専門店というのは聞いたこともなかったし、スーパー銭湯時代にメニューにはあったけれど全く人気がないメニューだったから「本当に頭だけでやっていけてるの?」と疑問に感じ、良くも悪くも気になり始めたんです。
ヘッドマッサージどこで習おう?

そんなわけで独立開業にあたっての新たな武器としてヘッドマッサージを選び、調べていくと頭専門店がいくつかあることがわかりました。
ヘッドマッサージの技術を教えているスクールもいくつかあることがわかったのですが、どうせなら頭専門店直営のスクールの方がいいだろうということでピックアップをしてみました。
頭専門店直営のヘッドマッサージスクールは3つくらい。
北海道にはなく、どこを選ぶにしても東京に習いにいけないこともわかりました。
頭専門店を知るきっかけになったドライヘッドスパ専門店も候補に挙がったけれど、数日の研修が必要だったことと予算オーバーだったので大阪の頭ほぐし専門店の直営スクールで学ぶことに決めました。
次はヘッドマッサージ講座の受講の流れなのですが、実はそれよりも先にお店のオープンがあったのです。
9月末まで勤務→10月4日オープンという流れで、かなりタイト。我ながらよくやったなと思います笑
オープン準備にいっぱいいっぱいでヘッドマッサージの講習はオープンから2週間後だったのです。
いよいよ緊張のオープン日!初日のご予約は2件

いよいよ迎えたオープン当日。
フリーペーパーに折込チラシのみの集客だったからか、オープン初日は2件のみのご予約でした。
華々しいオープンとはお世辞にも言えないサロンオープンでしたが、予約の電話が鳴ったときの胸の高鳴りは今でも良く覚えています。
前に務めていたサロンから引き続きのお客様ばかりとなった初月は予約が入らない日も多かったのですが、それでも充実した月となりました。
その中の1つが、東京でのヘッドマッサージ講習でした。
ヘッドマッサージ技術習得!でも、世間は甘くなかった

東京でのヘッドマッサージ講習は2日間でした。
1人で飛行機に乗ったのは人生初だったし、カプセルホテルも初。
初めて尽くしの中の初めての本格的なヘッドマッサージ。緊張しっぱなしでした。
ヘッドマッサージは親指以外の四指がメイン。それまでは親指ばかり使う手技だったので思った以上に指が痛かったです。
翌日には新しいことを学ばなければいけないので、カプセルホテルのなかで復習を繰り返していました。
2日間で頭だけでなく、首・肩・顔の施術まで全てを習って旭川に帰ってきました。
付け焼き刃では商品にはならないので友達を呼んで必死に練習をしました。
なんとか形になったところで予約受付を開始して、ついに旭川初の頭ほぐし専門店として始動し始めたのです。
(ここだけの話ですが、最初のころは順番を覚えきれなくてベッドの下にカンペを仕込み見ながらやっていました^^;)
『旭川初!頭ほぐし専門店の技術を導入しています』と声高らかに告知をしていましたが、思ったような反応はなかったんです。
最初の2ヶ月でヘッドマッサージ単品のご予約は…2件…!1ヶ月に1人しか予約されていなかったんです。
「あれ。思ってたのと全然違う〜〜!!」と、なりました。
東京でもまだブームになっていない頃。旭川では早すぎたのか…?
と、早速想定外の展開になってしまいました。
そこで、体ほぐし60分を足して合計100分のセットコースにしてみたところ…予約が止まらない状況になりました。
100分5000円という破格すぎる料金設定だったのもあるのですが、頭ほぐしというものが世の中に知られていない状況で、同じ40分なら体ほぐしを選ぶお客様が多かった。
そこに体ほぐしとのセットが出たので体験してみようというお客様がいた。ということだったんだと思います。
この時の100分セットの流れがベースとなり現在の快眠ヘッド整体となったのです。
睡眠の勉強を始めたきっかけ

仲間内の揉み合いでも自然と眠くなることが多かったので、施術で眠くなるのは当たり前だと思っていたのですが、他流派の施術を受けると全く眠くならない。
独特のリズムと副交感神経を優位にするから眠くなるということに気づいたのは、大分後のことでしたが、当時の自分たちのやり方には眠れる秘密があるんだと感じた僕は開業当初から『眠れる整体』というキャッチコピーを使っていました。
そして、ヘッドマッサージで睡眠の質を良くすると謳っているサロンも出てきました。
眠れる整体とヘッドマッサージでほぼ全てのお客様が眠られているので、睡眠の勉強をするようになったのは自然の流れでした。
一番始めは、今もお世話になっている睡眠の先生の単発講座の購入でした。
この頃は、今のように睡眠にお悩みを持っている方がたくさん来店しているわけではなかったので、知識として身につける程度の活用に留まってしまっていました。
それから数年後に睡眠の勉強を本格的に始めることになります。僕自身の不眠がきっかけでした。
僕は若い頃から夜中に何度も起きてしまう睡眠が浅いタイプではあったのですが、開業以降は予約が入らないことへの不安などが増えて眠れない日も増えていったのです。
眠れないままだと翌日の施術も思うようにいかないし、頭も働かず何もしなくても疲れてしまう日々だったのです。
「このままだと身体を壊すかもしれない」そう思い、睡眠のプロ講座の受講をして睡眠アドバイザーの資格を取りました。
勉強していくと睡眠不足が及ぼす心身の影響は多岐に渡り、ただの寝不足では片付けられない大切なものだと知りました。
そして、睡眠に悩んでいる人は思っているよりももっと多いことも知りました。
眠れずに朝が来るのが怖いし、夜も怖い。日中も元気が出ない。
そんな日々を過ごした僕だからこそ睡眠のお悩みがある方に寄り添えるのではないか。
それを整体と上手く融合出来ないか・・・と、思ってもなかなかそのやり方がわからない。
それでも、施術で眠ってくれて「久々に寝れたわ!」という声を聞くたびに眠れる整体をレベルアップさせたいと強く思うようになっていったのです。
SBR快眠療法

そんな中、睡眠の先生から「快眠整体の実技セミナーをやります!」と発表されたのです。
セミナーは東京または大阪。当時の僕は予約で忙しくさせていただいていて、東京でのセミナーに時間を使うのが惜しかったので参加を悩みましたが、このチャンスを逃したら後悔すると思い参加することにしたのです。
この少し前から内臓整体の勉強も始めていたので、SBR快眠療法は僕にとっては扱いやすい施術内容でした。
手技に加えて、独自の睡眠分析ツールの活用で睡眠の弱点に対してパーソナルなアドバイスと施術でのアプローチを同時に行うことが出来て最短で睡眠の悩みを解決してあげられるかも。と心を踊らせました。
そして、2ヶ月後に再びセミナーのお知らせが届きました。初回に参加してない人優先と言われたので参加出来ないと思いましたが、2回目も参加OKということで復習もかねて参加させていただきました。
2回とも参加したのは全国でも3名だけで、北海道では僕1人だけです。
SBR快眠療法の導入により、それまでの「”施術中”眠れる整体」から「”本質的に”眠れる整体」に進化したと自負しています。
SBR快眠療法を導入している北海道のサロンは現在も当サロンのみです。もし北海道で睡眠でお悩みの方がいればぜひお問い合わせください。
毎日ぐっすり眠れるように全力でサポートさせていただきます。
11周年を機に新築移転

ありがたいことに2025年10月4日に11周年を迎えることが出来ました。これを機に店舗を移転することにしました。
移転前のテナントは、立地は良かったけれど築40年以上。
一生ここにいるか?と言われると僕の意思とは関係なく出なければいけない未来が容易に想像出来ます。
いつか移転するなら早い方が良い。そしてやるからには今より良い空間にしなくてはならない。
移転をするなら絶対に良くしたい3つのポイントがありました。
- お手洗い
- 施術室の天井
- 駐車場
この3つを実現するためにも新築移転が最適解だったのです
諸先輩方から、移転の失客リスクについて沢山話しを聞いてきたので、場所はあまり移りたくなかったのです。
豊岡は旭川市内でも激戦地と呼ばれる地域。そんな都合よく土地が空いてるかい!と思ったのですが、すぐ側に土地があったんです。それが現店舗の場所です。
お手洗い
移転前のテナントの最大の弱点はお手洗いでした。
リラックスのための約100分の施術時間、そしてお腹の施術…トイレに行きたくなる要素がたっぷりあります。
実は、サロンをオープンした当初は和式便器でした。
和式便器がネックではありましたがそれまで商業施設の中のテナントで働いていたので、サロンに来てからお手洗いに行きたいという方はあまりいなかったんです。
予算もあまりないので和式便器のままオープンをしたのですが、予想以上にお手洗いに行きたいという声が多いことに悩みました。
2年目か3年目に大家さんにお願いをして洋式に変えてもらったのですが、手洗い用の蛇口は付けれず、便器のタンクから流れる水で手を洗ってもらわなくてはならず心苦しい日々でした。
後半はタンクから水が出ないことが多々ありました。水道修理業者さんの話では異種の金属が接合されているからどうしても赤錆が出てしまってそれが詰まると水が出ないとのことでした。
相談してみましたが、地下から汲み上げている水道管から工事をしなければいけない大事になってしまうのですぐの工事は難しいとのことだったのです。

そんなこともあり、新築計画の一番始めに相談をしたのがお手洗いだったのです。
BGMが流れる便座を選定し、壁紙や照明、ハンドソープの細部までこだわりました。
最初の想定よりも狭くなってしまったけれど、用を足すだけじゃなく、何時間もいられるような空間になりました。
ご来店の際はぜひお手洗いもご利用されてくださいね。
施術室の天井
当店のヘッドマッサージはお顔にタオルをかけずに行います。仰向けで目を開ければ天井。
移転前は天井に蛍光灯が剥き出しの状態でした。
施術を終わり、気持ちよく目を開けたときに殺風景な風景は雰囲気を一気に壊してしまいます。
移転をすることがあったなら天井を板張りにして目を開けた瞬間優しい癒し空間にしたいと以前から思っていたので、これについても新築計画のときにすぐに相談しました。
壁に間接照明を飛ばす構造も考えて、ベッドの真上だけ下がり天井で板張りとなりました。
木のぬくもりが施術後の余韻を気持ちよく残してくれる天井になりました。

そして、天井にはもう1つこだわりがあります。そのこだわりは”天井スピーカー”です。
僕の持論ですが、リラクゼーションサロンは天井スピーカー一択だと考えています。
全身をBGMが包みこんでくれることはとても大切で、遠くのPCからだとか、右からしか音楽が聞こえないのは非常にもったいなと感じるのです。
前のテナントはたまたま天井スピーカーがついていて、施術をしながら日々天井スピーカーって良いなって思っていました。
ただ…少しだけ真上からズレていたんです。ベッドの位置をズラすと色々な配置がおかしくなってしまう。
0から作ったからこそ、ベッドの真上からBGMで包まれる空間が実現できました。
駐車場

北海道の冬は雪が降ります。施術後に車に戻ると雪が積もってて「なんで〜〜!!」という場面もあったと思います。
次のお客様の準備があったりすると雪下ろしのお手伝いも出来ず心が痛い日もありました。
だから、絶対に屋根付きの駐車場にする!と決めていたのでカーポートをご用意しました。
前のテナントは駐車場まで少し歩いていただく必要もありました。
すぐ隣にカーポートをご用意しておりますので、雨に濡れることもなく、エンジンスターターの電波も届きます。
今は予約時間に余裕をもっていますので、次のお客様がすぐに来ることもありません。
その後の予定を考えたり、少し時間を潰してみたりお好きなだけ駐車場をご利用ください。
睡眠は最高のリラクゼーション

これからの時代はリラクゼーションがもっと大切になると確信しています。ただもみほぐすだけではリラクゼーションとしては不十分だと感じています。
カウンセラーではないのでストレス対策とか大きな声では言えないですが、僕の強みである温かい手で行う施術で気持ちが穏やかになってくれれば明日も明るい笑顔で過ごしてもらえると信じているんです。
そして、睡眠は最高のリラクゼーションです。毎晩最高のリラクゼーションを味わってもらうための施術が快眠ヘッド整体なんです。
睡眠にお悩みがない方もぜひ一度施術を受けてみてほしいと思います。
オオイシのどうでも良い情報
◆1986年11月1日生まれ 五黄の虎・数秘術9・霊合星人
◆クロノタイプは朝型
◆運転が好きで北海道の道の駅全制覇しました
◆朝早く出ればどこにでも行ける!をモットーに早朝出発で函館とか行っちゃいます
◆写真を撮るのが好き。主に自然だけど、人間も上手に撮りたい
◆秋だけプロレスファンになります。全日本プロレス北海道ツアーには顔を出します
めちゃくちゃ長いプロフィールになってしまいましたが、最後まで呼んでいただきありがとうございました!
明日も穏やかに過ごせますように^^